逆光


よるがおわるまえに、きみといちどはなそう。






ここは、おいてけぼりのいばしょであって、
しかしながら、いつかはみんなでてゆくのだ。
ふしぎなことにね、なきがおがとくいだったやつでも、
いつかはわらって、てをふるのだ。
それはとてもまぶしい。


ここへくるとき、だれもがやみをせおっている。
ぼくがここへきたときには、あしもとしかみえなかった。
うしろはとてもあかるいから、ぼくのめのまえはまっくろで、
ゆれうごく、じぶんのかげばかりをみていた。
それはみんなおなじようで、ぼくのつぎにきたやつも、
ぼくのあとにきたやつはみんな、あしもとばかりをみていた。
なぜって、あしには おもたいおもりがついていたからだ。
それは、いますぐにでも、あしくびがちぎれてしまいそうなほどだ。
けれど、ここへくることは、そうむずかしいことではなかった。






はじめてきたのは、よるだった。
なんにんか、ひとがいるのがわかる。
いろんなこえがする。
ひくいこえ、たかいこえ、おおきいこえ、ちいさなこえ。
もしかしたら、きこえないこえ。

なんどめかのよるをむかえたころ、
ぼくはようやく、ここにいるひとの かおがわかった。
なんにんいるのかも、わかった。
けれど、かぞえているうちに、
だれかはいなくなり、まただれか しらないやつがくるのだ。
だからけっきょく、あいまいなすうちでしかないが、
そのころぼくと ことばをかわしていたのは、
4人、ぼくをあわせて5人くらいだった。

いれかわりがはげしいけれど、たいていそれくらいのにんずうで、
たあいもない はなしをしていた。
すきなたべものはなんだ、とか、
ちきゅうがもし まるくなかったら、とか、
いろんなはなしをした。
トランプをすることもあったし、かんたんなゲームをすることもあった。

けれど、だれも だれかをひていすることはなかった。
ゲームでまけたやつを いじめることなんかしないし、
かったやつだって、てんぐになったりしなかった。
それはだれもが、じぶんじしんを ひていしていたからだ。






いつしかぼくは、ふるかぶになった。
まわりのやつらは、みんなぼくよりあとにきたやつだ。
ぼくはそのころにはもう、あしのおもりのことなんかわすれて、
そらをみあげることができる、よゆうすらあった。

あした、ここをでてゆこう。

そうおもったひのよる、あたらしくはいってきたやつがいた。


そいつも みんなとおなじように、
あしについたおもりをずるずるとひきずり、したばかりみていた。
しばらくのあいだ、ぼくはほかのやつらと はなしをしていたが、
そいつはいつまでもずっと つったっているもんだから、
ぼくは すわりなよ といった。

そいつはなにもいわず、そのばにすわった。
すわるというより、うずくまる というかんじだった。
ああそういえば、ぼくもこんなかんじだったっけ なんて、
ここをでてゆくときめた、いまになっておもいだした。
そのとき、どうしていたっけ とかんがえて、
そういや やさしそうなこえのひとと、はなしをしたのをおぼえている。






そのころのぼくには、そのひとのかおをみることができなくて、
なまえをきくことすら できなかった。
ずいぶんたったころに、ぼくよりもまえにいたやつと そのひとのはなしをした。
そのひとは ぼくがきたひのつぎのあさ、ここをでていったそうだ。
そのはなしをきいて、ああそうか なんて、
ぼくはみょうに なっとくしたんだった。

そのひとと、なにをはなしたか なんて、
すっかりわすれてしまったけれど、
やさしげなこえに なきそうになって、
さいごに あくしゅをしたのだった。
ぼくは かおをあげられなかったけれど、
そのてはとてもあたたかく、あんしんして、
ぼくはしずかになきながら ねむりについたんだ。






ぼくは、その あたらしくきたばかりのやつと、はなしをすることにした。
あさになったら ここをでてゆくときめていたから、
できたことなのだろうと、いまになってはおもう。
なにをはなすか なんて、
なにもきめていなかったけど、
それでもぼくは くちをひらいた。


「よるがおわるまえに、きみといちどはなそう。」






これが、さいしょでさいごであるかもしれない。

だけど、
ぼくはさいごに 「またね」 といって、
あくしゅをしてから、ここをでたんだ。