逆光 よるがおわるまえに、きみといちどはなそう。 * ここは、おいてけぼりのいばしょであって、 しかしながら、いつかはみんなでてゆくのだ。 ふしぎなことにね、なきがおがとくいだったやつでも、 いつかはわらって、てをふるのだ。 それはとてもまぶしい。 ここへくるとき、だれもがやみをせおっている。 ぼくがここへきたときには、あしもとしかみえなかった。 うしろはとてもあかるいから、ぼくのめのまえはまっくろで、 ゆれうごく、じぶんのかげばかりをみていた。 それはみんなおなじようで、ぼくのつぎにきたやつも、 ぼくのあとにきたやつはみんな、あしもとばかりをみていた。 なぜって、あしには おもたいおもりがついていたからだ。 それは、いますぐにでも、あしくびがちぎれてしまいそうなほどだ。 けれど、ここへくることは、そうむずかしいことではなかった。 * はじめてきたのは、よるだった。 なんにんか、ひとがいるのがわかる。 いろんなこえがする。 ひくいこえ、たかいこえ、おおきいこえ、ちいさなこえ。 もしかしたら、きこえないこえ。 なんどめかのよるをむかえたころ、 ぼくはようやく、ここにいるひとの かおがわかった。 なんにんいるのかも、わかった。 けれど、かぞえているうちに、 だれかはいなくなり、まただれか しらないやつがくるのだ。 だからけっきょく、あいまいなすうちでしかないが、 そのころぼくと ことばをかわしていたのは、 4人、ぼくをあわせて5人くらいだった。 いれかわりがはげしいけれど、たいていそれくらいのにんずうで、 たあいもない はなしをしていた。 すきなたべものはなんだ、とか、 ちきゅうがもし まるくなかったら、とか、 いろんなはなしをした。 トランプをすることもあったし、かんたんなゲームをすることもあった。 けれど、だれも だれかをひていすることはなかった。 ゲームでまけたやつを いじめることなんかしないし、 かったやつだって、てんぐになったりしなかった。 それはだれもが、じぶんじしんを ひていしていたからだ。 * いつしかぼくは、ふるかぶになった。 まわりのやつらは、みんなぼくよりあとにきたやつだ。 ぼくはそのころにはもう、あしのおもりのことなんかわすれて、 そらをみあげることができる、よゆうすらあった。 あした、ここをでてゆこう。 そうおもったひのよる、あたらしくはいってきたやつがいた。 そいつも みんなとおなじように、 あしについたおもりをずるずるとひきずり、したばかりみていた。 しばらくのあいだ、ぼくはほかのやつらと はなしをしていたが、 そいつはいつまでもずっと つったっているもんだから、 ぼくは すわりなよ といった。 そいつはなにもいわず、そのばにすわった。 すわるというより、うずくまる というかんじだった。 ああそういえば、ぼくもこんなかんじだったっけ なんて、 ここをでてゆくときめた、いまになっておもいだした。 そのとき、どうしていたっけ とかんがえて、 そういや やさしそうなこえのひとと、はなしをしたのをおぼえている。 * そのころのぼくには、そのひとのかおをみることができなくて、 なまえをきくことすら できなかった。 ずいぶんたったころに、ぼくよりもまえにいたやつと そのひとのはなしをした。 そのひとは ぼくがきたひのつぎのあさ、ここをでていったそうだ。 そのはなしをきいて、ああそうか なんて、 ぼくはみょうに なっとくしたんだった。 そのひとと、なにをはなしたか なんて、 すっかりわすれてしまったけれど、 やさしげなこえに なきそうになって、 さいごに あくしゅをしたのだった。 ぼくは かおをあげられなかったけれど、 そのてはとてもあたたかく、あんしんして、 ぼくはしずかになきながら ねむりについたんだ。 * ぼくは、その あたらしくきたばかりのやつと、はなしをすることにした。 あさになったら ここをでてゆくときめていたから、 できたことなのだろうと、いまになってはおもう。 なにをはなすか なんて、 なにもきめていなかったけど、 それでもぼくは くちをひらいた。 「よるがおわるまえに、きみといちどはなそう。」 * これが、さいしょでさいごであるかもしれない。 だけど、 ぼくはさいごに 「またね」 といって、 あくしゅをしてから、ここをでたんだ。 |